So-net無料ブログ作成
検索選択

一番美しい松ぼっくり [植物]

5年前、旧中禅寺湖スカイラインの展望台で夢のような松ぼっくりに出会った。
当時の私は望遠レンズを持っていなかった。米粒のようにしか撮れない松ぼっくりの写真をもとにその名を探した。どうやらオオシラビソらしいと分かった。もしかしたらシラビソかもしれない。

次の年、望遠レンズを用意して私は勇躍この展望台に足を運んだ。
何度足を運んでも松ぼっくりは生らなかった。
こんな年もあるのか、と次の年にかけた。またも生らなかった。
日光自然博物館の学芸員を訪ねた。3年に1度くらいらしいですよ、と教えられた。

次の年が3年目だった。私の期待は大きかった。しかしまたも生らなかった。そればかりではない、4年目の昨年も生らなかった。

そして今年、半分あきらめかけていた私の目に素晴らしいオオシラビソの松ぼっくりが飛び込んできたのが7月4日だった。

22,7,4 オオシラビソ1-1.jpg
7月4日 まるで仲良く並んだこけしの幼稚園生のようだ。
色はまだくすんでいた。

22,7,4 オオシラビソ1-2.jpg
7月4日 同じ日、右に伸びた枝の上のこけしたちである。

22,7,10 オオシラビソ1-2.jpg
7月10日 そのわずか6日後、なんと華厳の滝の無料観瀑台のそばでこの木を見つけた。色もぐっと鮮やかな青色を呈し、小学生になった初々しさが香っていた。

22,5,19 赤い実の針葉樹1-1.jpg
5月19日 この日付を見てどう思われるか。
しかもオオシラビソの松ぼっくりではないじゃないか。何だこの赤い実は?
最後まで話を聞いてから質問していただきたい。

実はこれは、今年5月にこの同じ木に生っていた赤い実?である。赤い実がなる針葉樹? 不思議な木だ、と思ってとりあえず写真を撮っておいた木だった。
その木がオオシラビソだったとは!

ということはこれがオオシラビソのオバナとしか考えられないのである。
5月19日にもよく探せばオオシラビソの松ぼっくりが見つかったかも知れないのである。
また一つ来年の宿題が出来た。 おっと、次に出会えるのは何年後だろう。

22,7,16 オオシラビソのオバナ1-1.jpg
7月16日 その赤い実の2カ月後の状態である。授粉をおえて抜け殻のようになったオバナである。お疲れさん。

22,7,16 オオシラビソのメバナ1-1.jpg
7月16日 朝霧の中のオオシラビソ松ぼっくり。なんともいい雰囲気だ。
今はもう高校生のような美少女に育っていた。


22,7,27 オオシラビソ1-3.jpg
7月27日 この辺りが最高潮のころだろうか。以後は色が褪せて松ぼっくりの鱗片がこぼれおちて種子を散布するという。

22,8,12 オオシラビソ1-1.jpg
8月12日 白い色は鱗片のはがれおちた跡だろうか。これ以上の拡大・引き寄せはできないので、残念ながら想像するだけである。

22,8,24 オオシラビソ1-3.jpg
8月24日 鮮やかな青色が褪せ始めている。

22,8,28 オオシラビソ1-1.jpg
8月28日 もはや青色というよりも灰色に近い。
白い部分も増えている。
この美しい松ぼっくりは、きれいなままで落下することはなく、刀折れ矢尽きた状態で落下するという。弁慶の立ち往生も顔負けだろうか。
これ以上画像をお見せしないのが「武士の情」かもしれない。

22,8,28 オオシラビソ1-3.jpg
8月28日
 展望台から男体山を望むまん前にオオシラビソの木がある。

何年後にこの美しい姿に再会できるのだろう。
また絶対に会いに来るから、ずっと元気な姿を見せてくれよー。


戦場ヶ原のイチゴ [植物]

9月11日戦場ヶ原のイチゴの苗を栃木県内外のイチゴ農家に返す「苗下ろし」が一斉に始まった
6月に農家から持ってきて、3ヶ月後に下におろす。何のためにこんな面倒なことをするのだろう。
そう、イチゴの促成栽培のためである。露地物イチゴは通常3~4月に実を付ける。これを正月に出荷できるようにするのが促成栽培である。
では、なぜ夏の3ヶ月間寒冷地で栽培すると促成栽培になるのだろう。

21,9,6 戦場ヶ原のイチゴ 1-6b.jpg
出荷を間近に控えたイチゴ畑。
左半分と右半分とでは様子が違うことに気づかれただろうか。


21,9,6 戦場ヶ原のイチゴ 1-1b.jpg
引き寄せてみると、左側のイチゴは何か赤い蔓か枝をたくさん出している。右のイチゴにはそれがない。

21,9,6 戦場ヶ原のイチゴ 1-3b.jpg
左側をもっと引き寄せたが、まだよく分からない。

21,9,6 戦場ヶ原のイチゴ 1-4b.jpg
これで分かった。赤いのは蔓性の枝で、枝の先端や途中から芽吹いた芽が根を出し、着床して分家を始める。これを1個1個分離して育てたものが右側に植えられていたのだ。つまり3ヶ月の間に子供たちを生み続けて、数倍の数に育て上げたのだ。

21,9,6 戦場ヶ原のイチゴ 1-5b.jpg
これが子供たち。元気に育っている。
苗下ろしされてビニールハウスの中で花を咲かせ、正月前に一人前に実を付ける。
たくさんの子供たちを生んだ母親たちももう一働きして実を付けなければならない。

21,9,6 戦場ヶ原のイチゴ 1-7b.jpg
ここにあるのは子供たちだけの集団。出荷を待っている間も、農夫たちは忙しい。
今、どんな仕事をしているか? そんなに難しい質問ではないのだが。

子供たちの集団だと思ったらさに非ず。少しでも目を離していると蔓を伸ばして子供を生もうとする。子供を生ませるとそれだけエネルギーを消耗して弱ってしまう。だから伸びてきた蔓性の枝をつみ取って居るのである。摘み取った枝を白いビニール袋に入れている。

21,9,6 戦場ヶ原のイチゴ 1-8b.jpg
見渡す限りに広がるイチゴ畑。戦場ヶ原の開拓農家たちは、今ではほとんどがイチゴの促成栽培に畑地を貸すことで生計を立てている。何となく違和感があるが…。

ところで、戦場ヶ原の3ヶ月はイチゴの促成栽培にどのような効果を及ぼしているのだろう。寒冷地で栽培するよりも温暖な土地で栽培した方が早く出荷できるような気がするのだが…。

研究者たちが試行錯誤を繰り返した結果、次のような事実が分かった。
イチゴを温室やビニールハウスで育てると、早めに実を付けることは確かだが、なぜか実が小さく少なく、味も落ちる。その理由は、イチゴは冬期に力を蓄えて、春にそのエネルギーを全開にして実を付けるのが自然の摂理であり、冬期を省いてしまっては、イチゴの収穫がだめになってしまうのだ。

ということで、戦場ヶ原で苗を育てることは、イチゴに擬似冬期を体験させることになるのだ。
可哀想なイチゴたちは、人間たちの都合でだまされて、冬でもないのに冬と思わされて、さあ実を付けろ、大きく甘い実を付けろ、とせっつかれるのである。



微笑みのデスマスクの謎ードクゼリ [植物]

コピー ~ 死者のほほえみ.jpg
YahooJapan ニュースhttp://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20090603-00000002-natiogeo-int より)
チュニジアで発見された紀元前4世紀のフェニキア人のデスマスクはニヤリと笑っている。

紀元前8世紀頃、古代ギリシャの詩人ホメロスは顔をゆがめさせる薬を使ったサルデーニャ島の儀式殺人について記録している。嘲笑や引きつり笑いを意味する英語sardonic grinの語源はサルデーニャ島を表すSardiniaだ。

新しい研究によると、当時同島に住む体の不自由な高齢者や犯罪者たちは、引きつり笑いを起こす薬を飲まされて中毒を引きおこした後、高所から突き落とされたり殴打されたりして殺されていたという。

薬草の正体は何世紀も前から謎とされてきたが、今回ジョバンニ・アペンディーノ氏率いる研究チームが、ドクゼリの成分に引きつり笑いを起こす化合物が含まれていることを発見した。

10年ほど前、サルデーニャ島の羊飼いがドクゼリを食べて自殺したが、このときの死体がニヤリと笑っていたという。

21,8,1 ドクゼリ 1-1b.jpg
ドクゼリの花は美しい(8月1日戦場ヶ原で撮影)。
日本各地に自生し、トリカブト、ドクウツギと並んで日本3大毒草と呼ばれている。

21,8,1 ドクゼリ 1-3b.jpg
葉がセリとよく似ているので、今でも年に数件中毒事件が発生し、死亡者も出ている。

21,8,8 ドクゼリ1-1b.jpg
1週間後の8月8日、雨上がりだった。
花を落としかけたドクゼリの花序に水滴が宿り、まるでダイヤモンド飾りのように輝いていた。

21,8,8 ドクゼリ1-2b.jpg
湯滝から青木橋に向かう途中、小さな湿地を通り抜けるが、その湿地の中に群落がある。

21,8,8 ドクゼリ1-3b.jpg
逆光の弱い日をうけて、シャンデリアのように輝く。

21,8,8 ドクゼリ1-4b.jpg
2個の花序の複合効果だ。

21,8,8 ドクゼリ1-5b.jpg
茎の部分には細かい繊毛が密生し、これにも水滴が宿っている。

21,8,8 ドクゼリ1-6b.jpg
花序の水滴もさりながら、焦点の合わない周辺の水滴までもが美しく輝いている。
少し日が強くなって、わずかに虹色の輝きが見える。


21,8,8 ドクゼリ1-7b.jpg
ここでも繊毛の水滴が目立っている。

21,8,8 ドクゼリ1-9b.jpg
クモの巣が対抗心をむき出しているが、勝負になっていない。

21,8,8 ドクゼリ2-1b.jpg
時には、まるで樹氷の趣きがある。

21,8,8 ドクゼリ2-2b.jpg
昔から言う。「美しいものには毒がある」と。
ただ、夏場のドクゼリの毒は根に集まっているとか。この美しい花序をオシタシにして食べることは可能なようだ。


イヌコリヤナギの大変身 [植物]

6月6日小雨。戦場ヶ原を歩いていて、とてもきれいなネコヤナギを見つけた。

21,6,6 イヌコリヤナギの雨 1-1b.jpg
遠目にはネコヤナギだ。今頃こんな大きなネコヤナギが? いくら戦場ヶ原でもおそ過ぎはしないか…。

21,6,6 イヌコリヤナギの雨 1-2b.jpg
戦場ヶ原のネコヤナギとしては、イヌコリヤナギしか見たことがない。イヌコリヤナギのネコヤナギがこんなに大きく育ったのか? 遠目には直径2cm以上にも見えるネコヤナギだ。

21,5,16 戦場ヶ原 芽吹きに霜 2-4b.jpg
これは5月16日に撮ったイヌコリヤナギのネコヤナギ。せいぜい直径8mmくらいだ。

21,6,6 イヌコリヤナギの雨 1-3b.jpg
近づいてみて驚いた。水滴で出来た衣を纏っている。
まあいいだろう、今日は小雨が降っているから、これくらいの水滴は出来るだろうが、この水滴は異常ではないか?

21,6,6 イヌコリヤナギの雨 1-4b.jpg
1個1個がまるでガラス玉のような球形で、今にもぽろりと落ちそうで落ちない。

21,6,6 イヌコリヤナギの雨 1-5b.jpg
さらに、この水滴たちはなぜ、隣の水滴と合体して大きな、扁平な水滴に変わらないのだ? この水滴の膜は、合体を拒否するほどに強いものなのか?

21,6,6 イヌコリヤナギの雨 1-9b.jpg
このおかしな水滴の付き方は何だ…。ブドウの房のようではないか。

21,6,6 イヌコリヤナギの雨 2-1b.jpg
何とも不思議だが、この上なく美しい、豪華衣装のような水滴だった。

21,6,12 イヌコリヤナギ 1-2b.jpg
6日後、このヤナギを見にいった。ネコヤナギの綿毛がへばりついて、あの美しさの片鱗も残っていない。

21,6,12 イヌコリヤナギ 1-1b.jpg
種がむき出しになっていて、綿毛は一度濡れたらもう元には戻れない雰囲気だった。

21,6,12 イヌコリヤナギ 1-5b.jpg
こんなネコヤナギなら誰も美しいとは思わないだろう。あの美しさは一体何だったのだろう。

21,6,12 イヌコリヤナギ 1-3b.jpg
ふと見るとこんな綿毛状態のネコヤナギがあった。
これだ! この綿毛に小雨が降ると、あの水滴になるのだ。ブドウの房状に垂れるのも理解できる。

21,6,12 イヌコリヤナギ 1-4b.jpg
それにしても、この状態の綿毛を見て、あの美を予見できる人がいるだろうか。自然は実に不可解な芸術家だ。
数日後、小雨の日に訪れると、どのネコヤナギもただ濡れそぼっているだけで、2枚上の画像を濡らしただけの情景だった。

この美しいネコヤナギは、年に一度きりの、しかも雨が降らなければまったく開演さえしなかったはずのショーだったのである。こんな貴重なショーを目撃できた幸せをかみしめている。






立木大仏 [植物]

'08年8月5日、イチョウノキの大仏と言う名で大仏様の形をしたイチョウノキを紹介した。http://blog.so-net.ne.jp/nikkodayori/2008-08-05/
今回はその後1年近く継続観察した結果をお見せしたい。
中禅寺湖の湖尻に立木観音というありがたい観音像があるが、今回の立木大仏とはまったく関係がない。

20,11,8 立木大仏2b.jpg
日光市に隣接する鹿沼市の千手山公園から眺めやる大きなイチョウノキが大仏様に似ていると話題になったのは昨年夏のことだった。
まるで台座に座った大仏様が、軽く前傾してお祈りを捧げているような、そんな形をしている。もしかして誰かが剪定を行って大仏に似せたかと疑う人も居られようが、それはない。なぜならば、この大仏様がおわせられるのは、伝統ある十二社神社の境内なのだから。神社に大仏があったのでは神道の社に仏像が鎮座することになる。

20,11,22 イチョウの大仏1b.jpg
イチョウの葉が黄葉したとき、黄色い大仏様が撮れると思っていた。
11月22日、手前左のイチョウノキは立派に黄葉しているのに、大仏様は緑色であった。

20,11,22 イチョウの大仏4b.jpg
望遠レンズの画像。幾分黄色がかってはいるが、満足できる色ではない。

20,11,29 立木大仏1b.jpg
11月29日、1週間置いていってみたら、ほとんど落葉が終わっていた。しかも葉っぱは緑っぽい。

20,11,29 立木大仏3b.jpg
お日様を透かせて撮ると枝ばかりだった。何とも残念な結果だった。

20,11,29 立木大仏b.jpg
近くで見ると大きなイチョウノキがあるだけ。

20,11,29 立木大仏8b.jpg
ちょっと離れると、大仏様に見えなくもない。

21,4,5 立木大仏1-5b.jpg
これは今年の4月5日。まだ芽吹きが始まっていなかった。

21,4,5 立木大仏2-3b.jpg
丁度桜が満開で、美しい桜の向こうにみすぼらしい裸木のイチョウがあるだけ。

21,5,2 立木大仏1-3b.jpg
これは5月2日。1枚目の、昨年11月の画像と同じである。

21,5,2 立木大仏1-7b.jpg
同じ日の神社境内。この高さの木に剪定など、とうてい無理である。
遠景では、大仏様が台座に座っておられるように見えるが、すぐ手前に低い建物があるせいでそう見えるのである。


ハンカチの木 [植物]

英語名handkerchief tree、中国名 鳩子樹(ハトノキ)。
ハンカチの木はカトリック聖ラザル会ダヴィット神父によって、1869年中国四川省奥地で発見された。世界中でハンカチの木が自生するのはここだけである。
ダヴィット神父は同じ年同じ場所でジャイアントパンダをも発見している。日本で言えば明治維新の頃である。

ダヴィット神父は、当時ヨーロッパで園芸が発達していたことから、新種の植物を探すplant hunterとして活動していた博物学者でもあった。

21,5,17 ハンカチの木 1-1b.jpg
濃い緑の葉の中に白い布きれのように垂れ下がる包(正確にはクサカンムリが付く)。遠目にはハンカチのようだ。中国人には白い鳩に見えたようだ。

21,5,17ハンカチの木b.jpg
垂れ下がって居るのは1枚のように見えるが…。

21,5,17 ハンカチの木 1-2b.jpg
これも同じ。

21,5,17 ハンカチの木 1-5b.jpg
まだよく分からない。

21,5,17 ハンカチの木 1-4b.jpg
これで見えた。包は大小2枚ある。長い柄の先に包が開き、球状花が付いている。

21,5,16 ハンカチの木 1-1b.jpg
包には葉脈がはっきり見えて、まるで葉っぱである。形も緑の葉っぱとよく似ている。

21,5,16 ハンカチの木 1-4b.jpg
ここに見えて居るのはすべておしべだ。すなわちこの花は雄性花。

21,5,16 ハンカチの木 1-6b.jpg
おしべの中央に太いめしべが見えると両性花なのだが、滅多にみられない。

21,5,16 ハンカチの木 1-6bb'.jpg
私はめしべを見つけられなかった。

21,5,16 ハンカチの木 1-5b.jpg
両性花からは実が生る。

21,5,16 ハンカチの木 1-5bb.jpg
ひょうたんのような実だ。

日本のハンカチの木は、昭和27年に東大がアメリカから手に入れた果実から2本の苗が成長したが、その後2本とも枯れてしまった。
小石川植物園が昭和33年にワシントン大学から入手した果実3個から1本の苗が育った。その後ベルギーから入手した2本と合わせて3本が昭和55年に初めて開花した。
日光植物園には、小石川植物園に次いで古い木がある。昭和34年にドイツから種子交換で得たものである。

その後ドイツや中国から苗や種子が輸入されるようになり、広く出回るようになった。

ハンカチの木はかつて日本に存在したことが化石から証明されたが、生きた樹木としては先に述べた経過で入ったものだけである。
同様に化石で過去の存在が証明されたが、自生する木を中国から輸入して増やした木としては、イチョウとメタセコイアがある。

現在ハンカチの木は「ハンカチの木科ハンカチの木属」に分類されているが、花序に包を持つハナミズキやミズバショウなどとの近縁説もある。


2色モミジ(2) [植物]

昨年6月6日、1本の木が2本の幹に分かれ、それぞれが赤と緑の若葉を繁らせたモミジの木を紹介した。http://blog.so-net.ne.jp/nikkodayori/2008-06-06
結局は若木のころに、誰かが2種のモミジをくっつけたと結論したが、その後1年間かけてその木を追跡撮影し、それなりの結論を得た。

20,6,10 2色モミジ2b.jpg
6月10日、赤色の鮮やかさが減じてきた。

緑色は普通のイロハモミジと見たが、赤いのははて何だろう。
日光自然博物館の学芸員に質問した。
「若葉が赤いのは園芸品種ですから、私どもは知りません」
冷たいものだ。なるほど奥日光の自然の中には、若葉が赤い木は1本も見なかった。

20,6,10 2色モミジ3b.jpg
同じ日の別角度である。緑は深くて美しいが、赤色は錆色に近い。いずれは緑色になるのだろうが…。

20,8,15 2色モミジ1b.jpg
8月15日、赤色はますます淡い色合いになった。

20,9,15 2色モミジ3b.jpg
9月15日、何とも哀れな赤色だが、なかなか緑にはならない。

20,11,4 2色モミジ3b.jpg
11月4日、紅葉が始まってしまった。この間に赤色が完全に緑色を呈した時期があったのか無かったのか、分からずじまいだったことは残念なことだった。

20,11,7 2色モミジ2b.jpg
11月7日、奥の背の高い方がもともと赤かった幹。元々緑色だった幹は、イロハモミジ特有の紅葉を見せている。

20,11,13 2色モミジ2b.jpg
11月13日、紅葉の色合いには差がある。若葉が赤い方が早く赤くなり、赤さが鮮やかだ。

20,11,16 2色モミジ1b.jpg
11月16日、紅葉は最盛期だろうか。2つの幹からの紅葉には微妙な差が見られる。

20,11,18 2色モミジ4b.jpg
11月18日、かなりの落ち葉が積もっている。

20,11,27 2色モミジ1b.jpg
11月27日、ほとんど落葉した中、残って居る葉の色は大違いである。

21,4,16 2色モミジ 1-3b.jpg
冬を越して4月16日、芽吹きの状態である。早くも赤と緑の色分けができあがって居る。

21,4,18 2色モミジ1-2b.jpg
4月18日、葉が茂って来た。

21,4,18 2色モミジ1-4b.jpg
同じ日、緑の新芽。

21,4,18 2色モミジ1-5b.jpg
同じ日赤の新芽。

21,4,22 2色モミジ1-4b.jpg
4月22日、緑の新芽に花が咲いた。花は赤い。

21,4,22 2色モミジ1-3b.jpg
同じ日、赤の新芽にも花が咲いた。すごく赤い。

21,4,22 2色モミジ1-6b.jpg
同じ日、葉の茂り具合は昨年5月23日の画像に近い。

丁度一回りして、分かったことは…。
① 夏の間に赤い若葉が緑色に近づいたが、完全な緑色にはならなかったようだ。
② 紅葉のタイミングはほぼ同じだったが、赤ささは赤い幹の方がより鮮やかだった。
③ 芽吹きのタイミングもほぼ同じだったが、芽吹きの時から色はまったく違って居た。


標高差1000mの芽吹きの差 [植物]

私の住む旧今市宿は標高400m、戦場ヶ原の標高は1400m、その差1000m。

一般的に標高差100mごとに気温1℃の差があるといわれたりするが、その差を目前に突きつけられる思いを味わった。
同じ日の3~4時間の間に、両方の芽吹き具合を比較撮影する機会を得た。

21,3,22モミジの早春@湯元1-2b.jpg
3月22日、湯元温泉のモミジの枝先である。
何と、葉が落ちた後の修復さえ出来ていない。驚きの発見だった。
厳寒期の3~4ヶ月間は成長も修復も完全に止まっている。
年輪の発生機序を見る思いだった。

21,3,22 2色モミジno1-1b.jpg
今市宿の紅葉の萌芽。まもなく若葉と花とが同時に出るだろう。
紅葉の種類は異なると思われるが、差の大きさは驚異だ。

21,3,22ヤマザクラの萌芽1-2b.jpg
竜頭の滝近辺のヤマザクラの萌芽。まだ幼い。

21,3,22 針貝の桜の萌芽1-1b.jpg
今市宿のヤマザクラの萌芽。この差はまさに1000m。

21,3,22ノイバラの3月@戦場ヶ原1-3b.jpg
戦場ヶ原のノイバラ。出ているのはトゲだけ。
向こう側に戦場ヶ原の残雪が見える。

21,3,22ノイバラの3月@imaitijuku 1-1b.jpg
今市宿のノイバラ。トゲの近くから萌芽している。

21,3,22イヌコリヤナギのネコヤナギ1-1b.jpg
戦場ヶ原のイヌコリヤナギのネコヤナギ。
恐る恐るといった雰囲気で顔を出している。寒さに身が縮むようだ。

21,3,22ネコヤナギ@今市宿1-1b.jpg
今市宿のイヌコリヤナギに似た木のネコヤナギ。
もう雄しべが満開である。

21,3,22ズミの萌芽1-2b.jpg
戦場ヶ原のズミの芽吹き。昨年の実の残骸も残っている。
6月に花が開くので、こんなものだろう。

21,3,22シウリザクラの萌芽1-1b.jpg
湯元のシウリザクラの萌芽。ヤマザクラよりも大きな芽が出ている。

最後の2種の木は、今市宿で比較する木がない。
いずれにしても1000mの差を思い知らされた1日だった。

モミジゼロ歳 [植物]


3年前の12月初め、日光市内の小さな公園でかわいいモミジの幼木を見つけた。
公園内の人工の築山、巨石と巨石の間の窪んだところ。腐葉土層から生えていた。

18,12,4私もモミジb.jpg

18,12,5モミジ0歳b.jpg

モミジは早春に花を咲かせ、4~5月にはプロペラ状の種を付ける。そのまま落ちて芽を出したとすれば、半年くらいの樹齢だろうか。幼いながらも精一杯に紅葉して、「私だってモミジよ」と主張している様がいじらしかった。

あまりにも健気な姿に心打たれ、すっかり入れ込んでしまった。毎日のように写真を撮り、周りのゴミを取り除いて掃除した。ふと気づいた。あまり目立つようにしたら誰かが持ち帰ってしまうかも。先端がやっと見えるくらいに枯葉を上から重ねた。

似た幼木を探そうと他のモミジの木の周りをうろついたが、このような幼木には決して出会えなかった。この幼木は実に希有なる存在なのだと分かって、ますますいとおしくなった。

やがて葉も落ち、細い幹だけのみすぼらしい姿になってしまった。またもふと気づいた。こんな姿で日光の厳しい冬を越せるのだろうか。根が凍ってしまわないか、冬の間に凍死してしまわないか。あわてて幹の半分以上を腐葉土で埋めた。

ある日、広場の落ち葉がきれいに掃除され、モミジの幼木は心もとない裸木のまま風に震えていた。掃除担当者がこの子を見つけたのだ。けれど特に保護することを考えず、ありのままの姿で残したのだ。あるいは、保護することの無駄さを知るが故に何もしなかったのかもしれない。
腐葉土だから、一度の霜柱が根こそぎ幼木をなぎ倒してしまうだろう。毎朝の霜柱にこの幼木が耐えられるとはとても考えられない。そう言えば、似た幼木を探したとき、ゼロ歳どころか、1歳、2歳くらいの幼木さえも見あたらなかった。この世界はモミジ
の幼木にとってとてつもなく厳しい環境なのに違いない。

私はまたも腐葉土を幹の周りにそっと積み重ねてその場を立ち去った。そしてその冬は1度もそこに戻らなかった、いや戻る勇気が無かった。現実を見るのが怖かった。

春になってから勇気を振り絞って行ってみた。幼木の影も形も無かった。せめて誰かが幼木を引き抜いて自宅へ持ち帰ったのだと思いたかった。

毎年この時期になると、私の足は知らないうちにその公園の築山の所へと向かう。もちろん2度とモミジの幼木には出会って居ない。
会いに行って会えないことが寂しくないはずがない。しかし私は気づいている。幼木の不在を確認する度に、私の心の奥底で大きな安堵感がふくらんできていることを。

「咲いて散るモミジゼロ歳霜の朝」  nikkin


イチョウノキの大仏様 [植物]

日光市の南隣、鹿沼市。その中心部にある千手山(せんじゅさん)公園の観覧台から、3丁ほど離れた十二社神社境内の大きなイチョウノキを見遣ると、まるで大仏様が小首を傾げて物思いに耽って居るように見える。
一ヶ月ほど前朝日新聞栃木県欄に載った。女子高生が見つけて有名になったと書いてあったが、先日私が訪ねていった時、遊技場管理の小父さんが、自分が新聞社に知らせた、と嬉しそうに話していた。

20,8,3 十二社神社のイチョウノキ3b.jpg
小高い山の中腹から眺めると、まるでビルの屋上に鎮座する大仏様のようだ。

20,8,3 十二社神社のイチョウノキ1b.jpg
大仏様を左側からみているような、首が少し前傾して居るような、あぐらをかいているような姿だ。

20,8,3 十二社神社のイチョウノキ2b.jpg
神社の境内は見えない。巨大な木だ。あぐらの下にも木が続いていることが分かる。

20,8,3 十二社神社のイチョウノキ6b.jpg
神社の境内に行ってみた。正面から見ると、ちょうど大仏様と向かい合う形である。
一番上が頭、次が胴体、その次の広がりがあぐらに見えた部分だ。剪定で作られた大仏様ではないことがよく分かる。巨大すぎて剪定など出来るはずがない。
あぐらの下側の樹高が半分以上を占めて居るのだろうか。樹齢百年はとうに超えて居るだろう。
20,8,3 十二社神社のイチョウノキ5b.jpg
斜め左前から撮った。ここから見ても剪定の様子はない。

20,8,3 十二社神社のイチョウノキ7b.jpg
イチョウノキの幹幅は広い。隣に居る乗用車の幅と同じくらいある。
文字通りの「立木大仏」と言える。黄葉の頃にまた来よう。
住宅の密集したところに位置する、敷地の狭い神社だが、由緒ある神社のようだ。
このブログによって参詣者が増えてくれると嬉しい。

メッセージを送る