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悲しき偽物 [フォトエッセイ]

 ♪アカシアの花の下であの子がそっと瞼を拭いた赤いハンカチよ…♪

 石原裕次郎のヒット曲「赤いハンカチ」、クールファイブの「中の島ブルース」、西田佐知子の「アカシアの雨が止む時」など、この花が出てくる歌は悲しい恋の歌が多い。そんな定めを背負って生まれた花なのかもしれない。
 ところで、この花の本当の名前が「ニセアカシア」であることを知っている人はそれほど多くはないだろう。

 明治初期に原産地北米から移入された時の本名はpseudo-acacia、文字通りニセアカシアだった。この「ニセ」という接頭語を嫌った日本の関係者が単に「アカシア」と呼ぶことにしたのが悲劇の始まりだった。後に花の美しい真の「アカシア」がオーストラリアから入ってきたとき、先に「アカシア」を名乗っていた花に「ニセ」の接頭語が戻ることになってしまった。しかし、すでにかなり愛される存在となっていた美しい白い花の木をニセアカシアという差別用語で呼ぶ習慣が根付かなかったのは当然の結果ではあった。さらに、後から来た本物のアカシアは関東以北では育たず知名度が低いので、新名称のニセアカシアを周知させる努力も払われなかった。

 ニセアカシアはマメ科ハリエンジュ属、学名ハリエンジュ。マメ科の植物の特徴で、共生する根粒菌が空気中の窒素を取りこみ栄養として利用するので、成長が早く高木となる。「ハゲシバリ」という別名があるように、北海道長野県などの禿げ山、荒れ地、砂地などの緑地化に大きな貢献をしてきた。さらにその花は質の良い蜂蜜の供給源となるので珍重されている。
 このニセアカシアが足尾の鉱害からの復興に利用されたのは当然の結果だったのかもしれない。復興開始から30年が経過して、あの禿げ連山がすごい勢いで緑化されている。その多くがニセアカシアの功績である。
 私が初めて訪れた6年前には禿げ山そのものだった渡良瀬渓谷鉄道間藤駅の裏山が、今では白い花が咲き誇る高木で埋め尽くされている。灌木さえなかった渡良瀬川源流の河原にも垂れ下がった白い花房の木々がところ狭しと立ち並び、命の喜びを謳いあげている。町には甘い香りが満ち満ちて、散歩の老人たちもこの香りを楽しみながら、緑化の進展を喜び、(ニセ)アカシアの功績をたたえている。

しかし、喜んでばかりは居られない事情が北海道や長野県から報告されていた。ニセアカシアは生命力が強く高木となるので、在来植物から日差しを奪い、繁殖地を優先占拠して他の植物を枯らしてしまう。高木になる割には根が浅く、台風などで倒れ、高木ゆえの被害拡大が危惧されている。種を飛ばしていたるところに生えてくるので、その勢いを削ぐのは困難を極める。根伐採や薬剤注入などを行っているが、どこの地域でも対策が後手後手に回っている。ついに国の「要注意外来植物リスト」に載ってしまった。養蜂業界からは猛反発が来ている。

 足尾でもここ数年で倍々ゲームのように増えてゆく個体数に目を奪われ、関係者が不安を募らせている。年間3~4メートルも成長し、緑化関係者のコントロールを拒否して増えてゆく姿は、正義のヒーローが悪玉侵略者に変身したかのような印象を与える。散歩の老人たちも今は明らかに多すぎるニセアカシアに目を白黒させていた。

 足尾の禿げ山緑地化の初期にもっぱら使われたニセアカシアが、最近は遠ざけられるようになった。今は同じマメ科の灌木エニシダが多く使われている。6月初旬の旧禿げ山連山が一斉に黄色い花で包まれる姿はそれは美しい。さらにニセアカシアの白い花とエニシダの黄色い花が時を同じくして満開となるので、まるで桃源郷に迷い込んだような錯覚に陥る。
 
 アホウドリ、ヘクソ(屁糞)カズラ、ヌスビトハギ、ヤブジラミなどひどい名前の生物がいくつか居るが、ずばり偽物という名を与えられた生き物を他に知らない。そもそも「ニセ」の付く名前の生物に良い性格など期待できないだろう。名付けられた生物がへそを曲げるに違いない。
 木や花にはその尊厳を認めてやらねばならない。名前をつけるに際しては、その相手に敬意を払った名前でなければならない。木にも花にも心があるのである。

 ♪花は花として笑いもできる。人は人として涙も流す…♪(喜納昌吉「花」)

 ニセアカシアの改名を提案したい。ハリエンジュ、ハゲシバリ、アメリカアカシア、キタアカシア、アマカ(甘香)アカシア、ミツ(蜜)アカシアなど候補はいくつでもある。
 国土交通省から緑地化功労賞を、養蜂業界から特別感謝状を出し、さらに楽しい歌の材料に採用するなど、国民的キャンペーンでわれわれの愛の大きさを示せば、彼らの性格もよい方向に変わるのではないだろうか。愛情で結ばれた共存共栄を享受できるのではないだろうか。

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1. 半逆光の日を浴びるニセアカシアの花。

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2. 渡良瀬渓谷鉄道間藤駅の裏山。満開のニセアカシアがぎっしりと立ち並ぶ。

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3. 旧禿げ山の斜面は土留めで段々畑のようになり、ニセアカシアの高木が優先占拠している。

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4. 足尾鉱山の精錬所はほとんどが取り壊されて、昔の面影をしのぶことが難しい。今はニセアカシアの花が美しく、あちこちから写生隊が来ている。23,6,12 足尾のエニシダ?1-2.jpg
5. 最近好んで植えられているエニシダ。高木にならないので有害植物という指摘は聞こえない。

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6. 斜面一帯がエニシダの花という光景は自然界にはないと思われる。

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7. 
白いニセアカシアの花と黄色いエニシダの花が仲良く美しさを競っている。
ニセアカシアが生えているのは河原で、種が飛んで増えたものである。


ワレモコウ [フォトエッセイ]

「われもこう」という歌が静かなブームとなっている。
作曲家すぎもとまさとが自らの曲を歌っているが、作詞は別人でちあき哲也。
曲よりも詞が共感を呼んでいるらしい。
いわゆる団塊の世代にうけて、じわじわと売り上げが伸びてきたという。

母親の墓参りに来た男の目に映った風に揺れるワレモコウ。
なぜワレモコウでなければいけなかったのか、謎解きもどきである。

「親のことなど気遣う暇に、後で恥じない自分を生きろ」 母の言葉を思い出す。
「貴女に、あなたに謝りたくって…」
何を謝りたいのか? 忙しくて墓参りさえも遅ればせになっていること?
それとも、後で恥じない生き方が出来ていないこと?

母親の哀れな境遇を思いやる2番。そして3番で驚かされる。
「貴女に威張ってみたい。来月で俺離婚するんだよ。そう、初めて自分を生きる
離婚の理由は語られない。
これでいいのか? 離婚が自分を生きるための出発点だなんて、あまりにも切ない。しかも、威張って離婚するなんて…。

団塊の世代にうけた理由がこの「離婚して自分を生きる」決意なのだろうか。
夫であれ妻であれ、
一度や二度離婚を考えたことのある人は多いだろう。
しかし、離婚は子供にまでも痛みを強いる結果となる、一大決意なのだ。

ここで謎解きの種明かし。あくまでも私見ではあるが、ワレモコウの音の響きから、「私もこう生きたい」をかけているのだ。
離婚の決意を「叶わぬ夢」とあきらめて生きている人たちが多い、ということなのだろう。

そんな人間たちの心の葛藤を知るや知らずや、ワレモコウは素知らぬ顔で風に揺れている。

21,8,1 ワレモコウ 1-1b.jpg
朝霧の中で揺れるワレモコウ。細い長い茎の上の頭でっかちな集合花。風に揺れるはずだ。揺れて写真が撮りにくい。

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圧倒的な存在感のイブキトラノオのなかで、まばらに咲くワレモコウ。おもねない、群れないところが良い。

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集合花は上から開いてゆく。開く前の硬い蕾?と開いた後の開放感との対比が面白い。
驚いたことに、ここで開いているのは花弁ではなく萼片だという。花弁は存在しない。おしべとめしべだけの花なのだ。

21,8,8 ワレモコウ1-7b.jpg
どれがおしべでどれがめしべか? それらしきものは見えている。

21,8,1 ワレモコウ 4-3b.jpg
吾亦紅と書くワレモコウにぴったりの様子だが、この字は近代の宛字だと言われる。

源氏物語の頃の字は吾木香。
ところが、ワレモコウには香りがないから、これも違うという説が優勢。
御簾の上にかざる木瓜(もこう)に形が似るから、そしてワレモコウには割れ目があるから「割れ木瓜」だとか。ワレモコウには割れ目が? どこに?

21,8,1 ワレモコウ 1-7b.jpg
中央右の花序に昆虫が付いている。香りがあるから虫が来るのではないだろうか。虫だけに分かる香りが…。だいいち、虫媒花に香りが無かったら困るだろう。

21,8,1 ワレモコウ 6-3b.jpg
この尺取り虫は、この長い茎を1歩1歩登ってきた。匂いだけを頼りに。
奥のワレモコウには蜂がいる。蜂は視角で来るのかもしれないが…。

21,8,8 ワレモコウ1-3b.jpg
おしべもめしべも落下したワレモコウ。結実が始まっている。種のいろは白っぽいらしい。
たくさん実を付けて仲間を増やし、来年も癒し系の姿を楽しませてくれよ。

そう、わたしも君のように、おもねず、群れず、白い心で飄々と生きたい。

「ワレモコウ夢運び来て揺れるのみ」  nikkin


3日遅れのエイプリルフール [フォトエッセイ]

久しぶりに貴婦人に会いに出かけた。
このところ暖かいので融雪が進み、空気の湿度も上がって、もしかしたら霧氷が見られるかと…。

21,4,4男体山@小田代原b.jpg
低木には樹霜が付いているが、貴婦人には霧氷のムの字もない。ダメモトで行ったのだからしょうがないかとは思ったが、やはりこのままでは帰れない。小田代原の芽吹き状態でも撮ろうと歩き始めた。

21,4,4 タラの芽吹き@小田代原1-1b.jpg
タラの木の芽吹き。いわゆるタラの芽である。スーパーにはたくさん出回っているのに、ここのは硬いこと硬いこと。もっともスーパーに出ているのはハウス栽培だという。

21,4,4 ニワトコの芽吹き@小田代原1-2b.jpg
ニワトコの芽吹き。変わった芽吹きである。太い枝と細い枝の接合部から対性の芽がでる。

21,4,4 ニワトコの芽吹き@小田代原1-4b.jpg
従って枝の分かれ目がこんな風になってしまう。
小田代原にはけっこう多い木で、6月には赤と緑のきれいな実が房状に生る。

21,4,4 残雪の小田代原1-1b.jpg
雪もほとんど解け去り、まもなく芽吹きのラッシュとなるのだろうが、今日見つかった芽吹きはこれだけだった。

21,4,4 残雪の湯川1-1b.jpg
5時半から歩行開始で、写真を撮りながらではあるが、3時間あまり歩いたが、人っ子1人出会わなかった。めずらしいことである。湯川をわたる太鼓橋の上から青空を反射するきれいな流れと鏡像を撮った。

21,4,4 残雪の湯川1-2b.jpg
撮り終えて赤沼に向けて歩き出そうとしたとき、3人の若い娘さんたちに声をかけられた。
「すみませ-ん、シャッターを押していただけないでしょうか」
「いいですよ」
「ここまでずっと誰にも会わなかったものですから、頼みたくても頼めなくて…」
娘さんたちが運んできた華やかな雰囲気に感染して、私もつい調子に乗ってしまった。
「やっと人間に出会えて、ああ良かった、というわけですか。残念でした、私はこのあたりに住む狸ですよ」
「キャハハハハ…」
声をそろえて甲高い声で笑ったが、まんざら嘘でもない気になる静かな朝だった。1人が不安そうな声で言った。
「狸って、冬眠中じゃない?」
「もう春ですよ。昨日穴から出てきました」
「もう、冗談はやめて早く撮ってください」 「はい、チーズ」
おじさん、いいカメラと3脚を持っているけど、もしかしてプロですか」
「ええ、まあ…」
「きゃあすごい、プロのカメラマンにシャッターを押して貰っちゃった。美人に撮ってくれた?」
「もちろんです。ただし、プロですから料金を頂きます。1回1500円です」
「また冗談ばかり…。冗談ですよね?」
私は首を振ってまじめな顔を崩さなかった。
「どうしよう、1人500円ずつだね…」
「嘘ですよ。私はこの春退職金でこんな立派なカメラ一式を買ったけれど、カメラの経験は全然無く、腕前は幼稚園級ですよ。じゃあ、これで」
あっけにとられる娘さんたちを残して、颯爽と?歩き出した。
歩きながらそっと振り返ると、彼女たちは顔をつきあわせてカメラの再生画面をのぞき込んでいた。

21,4,4 早春の竜頭の滝 1-2b.jpg
竜頭の滝がきれいだった。

21,4,4 早春の竜頭の滝 1-3b.jpg
木漏れ日の当たる滝が、いつもと違う神秘な感じを出していた。

21,4,4 早春の竜頭の滝 1-6b.jpg
右の滝も同じ。

21,4,4 早春の竜頭の滝 1-9b.jpg
両方同時に撮る。この暗さがいい。

21,4,4 早春の竜頭の滝 2-3b.jpg
橋の欄干からも1枚。

貴婦人で空振りした無念を、娘さんたちに返したことになってしまったが、彼女たちも多分楽しい思い出話にしてくれるだろう。ああ、お腹が空いた。

「眠き目に早春(はる)の怪談竜嗤う
」  nikkin


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