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霧の結晶? [謎]

11月26日、雪華の朝焼けを撮った日、戦場ヶ原に足を伸ばして不思議な現象を撮った。

戦場ヶ原の雪景色とともに、地上1~2mの位置に浮遊する気体のような物体だった。

20,11,26 霧の結晶?1b.jpg
7:14撮影。日の当たる場所でも当たらない場所でも、地上の木々を包み隠すような、気体らしき物体が浮遊している。
通常ならば、戦場ヶ原特有の霧と考えて何の不思議もない。しかしその日は、体感温度では氷点下7~8度Cだったし、三本松茶屋のデータによってもhttp://www.sanbonmatsu.com/weather/index4.shtml氷点下5度となっている。霧が水滴の状態を保って居られるはずがない。

20,11,26 霧の結晶?2b.jpg
7:14。画面右半分に霧のような物体が見える。

20,11,26 霧の結晶?3b.jpg
7:14。向こう側の山は戦場ヶ原の西側を境する外山。
霧と思って見過ごせば悩むことは無いのだが…。

20,11,26 霧の結晶?4b.jpg
7:16。木々の多い所にはそのような物体は見えない。ふつうの霧でもそのような傾向がある。

20,11,26 霧の結晶?5b.jpg
7:17。望遠レンズで撮っても同じである。

20,11,26 霧の結晶?6b.jpg
7:17。300mmのレンズで最大に引き寄せて撮ったが、基本的に同じ画像である。

画像はないが、その後男体山を撮っている2~3分の間にこの気体らしき物体は消えてしまった。

さて、私が撮った物は何だったのだろう。一番先に考えられるのは霧の結晶であろう。
ところで結晶は浮遊するのだろうか。通常は霜となって気や草に付着する。しかし、日の出前の一番寒い時間帯に結晶化した霧は、短時間だけ浮遊していてもおかしくはない…?

他に考えられる物は? 残念ながら思い浮かばない。

前回の「逆虹」の1枚目の写真で、プリズムとなっているのは氷の粒ではないか、と春分さんからのコメントがあった。ということは春分さんも氷の粒が浮いていることがあり得ると考えておられることになる。ここに同志を得たわけである。
レンズ効果を持ち、浮遊する霧の結晶! 今度このような場面に遭遇したら、虹を期待して目くらめっぽう撮って見よう。



逆虹 [謎]


虹の発生原理は、太陽などの光源を背にして、水蒸気や霧など水の粒子層に向いたとき、水滴の一粒一粒がプリズムとして働き、観察者の目の水平線から40~42度の位置に、通常は半円形の、7色の帯状の光が架かることである。

私はここ3ヶ月あまりの間に2度不思議な虹を見た。いや、正確に言うと肉眼では見なかったが、後に写真を見ると写って居た。それは不可解にも、太陽に向かって立っていたときに見えた、いや、撮れた虹だった。

20,9,11 ホザキシモツケの枯れ穂の霜と虹b.jpg
9月11日、戦場ヶ原の初霜の日、朝日に光るホザキシモツケの枯れ穂の霜を撮っていた。
後で写真を見て驚いた。右下の薄暗い中に虹が写って居た。撮っている最中には見えなかったのか、気づかなかっただけか。わかりにくい虹で申し訳ないが、存在は間違いない。

20,9,11 ホザキシモツケの枯れ穂に霜○’b.jpg
同じ時に撮った他の写真には虹の「に」の字も写っていない。もちろん、前の写真で虹がある場所は、2度と撮られて居なかった。

20,11,30 雪降る湯の湖遠望3 逆虹b.jpg
11月30日、雪が降る中で、正面から射す太陽に反射する湯の湖の湖面を撮って居た。
後で見たら、中央上方に虹が写って居た。撮りながら気づいたわけではない。

20,11,30 雪降る湯の湖遠望4b.jpg
2枚目からは構図を絞ったため、虹があった部位は画面に入らなかった。気づいていたらアングルを変えて何枚も撮って居たのに。

この2枚の虹の写真は、虹の発生原理に反して、太陽と対面していた時に撮れたものだ。どなたかこの矛盾を解き明かしていただけるだろうか。

20,9,6 虹の華厳 露縦1b.jpg
これは今年9月6日の華厳の滝の虹である。見事に真正面から架かった虹だ。青い色が半円の内側になる。
太陽は真後ろから差して居た。

20,9,6 滝壺の虹縦4b.jpg
同じ日に無料観瀑台から撮った滝壺の虹。太陽を背にして撮ったにしては変な位置だと思ったが、内側の青い色に注目すると、この虹は向かって左側の立ち上がりだと分かる。向かって右側の立ち上がりは画面の右側に大きくはずれて居るのだろう。何の不思議もないことが分かる。

私が撮った虹は、発生原理から言うと私の背後に、太陽とは異なる光源があったことになる。
霜の朝と雪の朝だったから、両方とも私の背後で太陽光が反射して光源となったのかもしれない。戦場ヶ原の高い樹木の霜が光を反射すると虹は足下に出来るだろうし、金精道路の斜面の雪が光を反射すると、虹は空に出来るだろう。2度の撮影状況にぴったりである。
wikipediaで調べてみると、主虹、副虹、白虹、赤虹などとともに反射虹なる物がある。水面などで反射された太陽光が水蒸気層に当たると、主虹と反射虹が2個並んだり、中心点の異なる2個の半円形虹が架かったりするらしい。しかしこの場合は、撮影者が太陽を背負って居なければならない。私が撮った状況とは異なる。

どうも私が撮った虹は、これまで発表されたことがない虹のようだ。新説かもしれない。ちょっと興奮して今夜は眠れないかもしれない。


いろは坂の謎 [謎]

「第1いろは坂」は昭和29年に開通した。
勝道上人による二荒山(男体山)開山以来、修験、修行の地としてつとに有名だったこの地には、人々が上り下りすることによってできた道があった。その道が何と呼ばれていたのか定かではない。
昭和初期、古河鉱業によって馬返しから明智平までのケーブルカーが作られた。その車内案内放送で、この歩行登山道を「いろは坂」と呼んでいた記録があるという。ケーブルカーから眺めた折れ曲がりの多さを「いろは48文字」になぞらえたものと考えられる。

第1いろは坂は対面交通であったことと、交通量の激増とによって事故数も激増して、数年後には「第2いろは坂」が作られることになった。
東京オリンピックに合わせて開通させる予定だった第2いろは坂も、諸々の事情で2年近く遅れて開通となったが、オリンピックの期間中だけは部分開通で間に合わせた。

20,1,5 男体山といろは坂b.jpg
冬場に木々の葉が落ちると第1いろは坂の曲がりくねりのすさまじさがよく分かる。工事費もかさみ、日本で2番目の有料道路となった。上方の雪を頂く山は男体山。

19,11,10 晩秋 雨のいろは坂3b.jpg
第1いろは坂。もっとも曲がりくねりの極端な部位である。4重の車道を展望出来る。

20,9,17 いろは坂2b.jpg
同部の夏の風景である。葉がない方がよく見える。

20,7,21 雲海の中のいろは坂 定点2b.jpg
7月、霧の中のおなじ部位。運転も難しくなる。第2いろは坂にはこのような難所が無い。

話を戻そう。第2いろは坂は登り専用とされ曲がり角ごとに数字と「いろは文字」で順番が示されている。不思議なことに、第2いろは坂から第1カーブ、第2カーブ、…と始まって、第1いろは坂で第47カーブ、第48カーブとなって終わる。
第1いろは坂から1番目のカーブが始まって、第2いろは坂の最後に48番目のカーブで終わるのがわかりやすい命名だと思うが、なぜか逆になって居る。
第2いろは坂が登り専用になっているから仕方ないだろう、と言えばそれまでだが、ではなぜ第2いろは坂を登り専用にしたのだろう。なぜ第2いろは坂が下り専用ではいけなかったのだろう。


20,5,30 霧のいろは坂22b.jpg
この疑問にぶつかってからインターネットを中心にいろいろと調べたがどこにも解答は見つからなかった。

1年が過ぎ2,3,4年が過ぎ、秋が過ぎ、冬、春が過ぎ夏になった。この間200回近くもいろは坂を上下しながら考えて、私なりの正解?に到達した。

第1いろは坂は対面交通の頃にも「いろは48カーブ」が示されていたが、第2いろは坂が作られてからは第21番から第48番までの28カーブのみに番号が付けられている。他のカーブは選定から漏れたことになる。
28個のカーブが第1いろは坂に既存するからには、第2いろは坂を計画するに当たり新しく作れるカーブの数は20個と決められてしまうわけである。
さて、28個のカーブを持つ坂と20個しか持たない坂と、どちらが下りに適しているか。一番肝心なことは事故につながらないことである。考えるまでもない。カーブが多いほどスピードを落とす回数が多い。カーブが少ない方を下り専用にすると、スピードが出すぎて危険であろう。というわけで、一見逆順にも思われるカーブの命名が誕生したのであろう。
いかがですか、私流の正解は?

20,9,6 中禅寺湖の朝1b.jpg
中禅寺湖の朝7時、霧の中にシルエットで浮かぶ幸せなカップルたち。
この人たち全員を無事に帰宅させてあげなければいけない。いろは坂は重い使命を負って居るのである。

「生と死を分かつカーブの重さかな」  nikkin


光徳沼異変 金色の狼藉? [謎]

今朝、約2週間ぶりに光徳沼を訪れて衝撃を受けた。

19,9,1ヤチボウズ1b.jpg
この美しいヤチボウズは昨年の9月1日撮影だ。そろそろ似た画像が撮れるかな、と期待して行ったのに…。

20,8,8 光徳沼異変16b.jpg
な、なんとヤチボウズが消えて居た! ほぼ同じアングルの画像である。一瞬何が起こったのか、全く理解できなかった。

20,7,5 光徳沼のヤチボウズ1b.jpg
これは7月5日。1ヶ月前の画像だ。スゲ類が繁茂し、これからわが世の春、と思って居ただろうに。

20,8,8 光徳沼異変21b.jpg
少し角度を変えた今朝の画像である。ヤチボウズが惨めに傷つけられて、周りに何者かが歩き回った跡があった。歩き回るだけではなく、意図的にヤチボウズを傷つけたように思われる。
折しも山に反射した朝日が沼の水面を金色(こんじき)に染めている。まさに金色の狼藉だ。

20,8,8 光徳沼異変29b.jpg
奥の方角から撮った。大きな石が並んだ手前がヤチボウズの列であるが、何度見ても惨めな有様だ。

20,7,15 光徳沼のヤチボウズ3b.jpg
これは7月15日、おなじアングルで撮ったヤチボウズである。鏡像がすてきで、まもなく赤色が差すはずだった。

20,8,8 光徳沼異変31b.jpg
金色の狼藉を今少し続けよう。周りの足跡が尋常ではない多さだ。滑って転んでヤチボウズにすがりついたのだろうか。酔っぱらいだろうか。

20,8,8 光徳沼異変32b.jpg
ほとんどおなじ場面にも見える。

20,7,15 光徳沼のヤチボウズ4b.jpg
これが同部の7月5日の画像。

20,8,8 光徳沼異変41b.jpg
何度見ても元の姿には戻らない…。

20,8,8 光徳沼異変 足跡2b.jpg
一体何者がこんなことをしたのだろう。熊か鹿か。この足跡は熊や鹿にはとても見えない。

20,8,8 光徳沼異変足跡5b.jpg
岸辺に着いた足跡は人間か類人猿かどちらかのようだ。奥日光に類人猿は居ない。

公式の許可を得た人間か、はたまた最近はやりの通り魔的行為か。許可を得た人間ならばきちんと復元して帰るだろう。残るは…。

美しい金色の世界でこの上なく醜いものを見てしまった。しばらくこの池に来る勇気が湧かないだろう。





金精山の謎 [謎]

群馬県と栃木県の県境に金精峠がある。北西から吹く寒風を遮る1,900mの壁となるので、通常群馬県側は大雪、栃木県側は軽い積雪におわる。
峠のすぐ栃木側には金精山という山があり、峠越えの元有料道路が金精道路と呼ばれる。

「金精」とは何だろう。大辞林を引いてみると「金精」はなく、「金精神」だけがある。「木彫りの男Kまたは男Kに似た木や石を祀って子孫繁栄を祈願する神様」とある。なんとまあ世界の観光地の地名にふさわしくない、聞くだけで顔が赤くなるような名前を付けたものだ。そういえば群馬県側に「金精神社」がある。これが命名の元祖か、と納得できたようなできないような気分だった。



峠のトンネルを抜けると、まるで門番のように立っている金精山2,244m。紅葉の名所の一つである。2,578mの白根山や2,486mの男体山に比べるとかなり低いが、峠で北風を一身に引き受けているかのごとく、真っ先に白くなる。



ゴールデンウィークの頃の金精山。長い冬期の閉鎖が終わったばかりの金精道路が生き生きしている。



10月、満月の残月を背景に、日の出に映えて真っ赤な顔をしている。



1月、凍った湯の湖の向こう側で、一番白い金精山に陽が当たると景色が引き立つ。前景で遊んでいるカモは「そんなの関係ないっ!」



2月、遅い日の出が白い峰を赤くする。日陰の氷の青色との対比が面白い。



12月、淡い雪に包まれた金精山を撮ったとき、「似ている!」と思った。



1月、閉鎖になった金精道路に徒歩で入ってまた撮った。やっぱり似ている。
何に? そこまで言わせないでほしい。金精山の名前にふさわしい形である。
昔の人はよく気づいたものだ。冬の金精山は似ている。


戦場ヶ原でオーロラを撮った [謎]

1月18日の当ブログにて私は、1月14日早朝に戦場ヶ原で撮った不思議な輝きを載せ、「もしかしてオーロラだったのかもしれない」と記した。また、湯元ビジターセンター職員の意見として、「オーロラとは思えない」とコメントされたことも追記した。
http://blog.so-net.ne.jp/nikkodayori/2008-01-18



その後私はインターネットでオーロラについていろいろと勉強した。
1.http://www.lapisnight.com/top/contents.html  
2.http://aulive.net/howto/step5-1.html 
3.http://www.stelab.nagoya-u.ac.jp/ste-www1/naze/aurora/index.html   
4.http://www.asahibeer.co.jp/Aurora/Japanese/aurora.htm   
5.http://www.geoweb.jp/aurora.html
 
6.http://www.astroarts.co.jp/news/2003/10/31aurora/index-j.shtml
7.http://www.hpmix.com/home/aurora/T1.htm  
8.http://stdb2.stelab.nagoya-u.ac.jp/member/shiokawa/aurora_head.html
9.http://www.youtube.com/watch?v=uPRGeaZCkps

その結果、「私が撮ったのは真のオーロラだった」と確信するに至った。
その思考過程を説明するために、以下の項目に従って記す。
1.オーロラとは何か。
2.オーロラはどんなところに発生するか。
3.オーロラが発生する時間帯はあるか。
4.低緯度オーロラとは何か。
5.日本でオーロラが見られた記録があるか。
6.私が撮った輝きと似ているオーロラの画像はあるか。
7.私の画像がオーロラではない、とする根拠があるか。

1.オーロラはネオンや蛍光灯と同じ空中放電であるとされている。太陽風に含まれるプラズマ粒子(主に電子)が空気中の窒素分子や酸素分子と衝突することに起因する発光である。
2.オーロラは北極と南極でほぼ対称的に発生する。プラズマ粒子が磁力線に沿って動く性質を持っているので、地磁気のS極とN極でプラズマ粒子の密度が高まるからである。
3.オーロラ現象は地球上の時間帯とは無関係に発生する。人間による観察は、当然のことながら夜の方が見えやすく、夜の画像が圧倒的に多い。
4.北極と南極の高緯度地域で多いオーロラが、日本などの低緯度地域でも見られることがある。太陽で強い爆発が起こると太陽風が強い磁気嵐を伴って地球を襲う時、太陽とは反対側の大気層にオーロラが現れるという。そういえば、私がオーロラを撮った時、昇ったばかりの朝日の光り方も変だった。



5.日本で一番古いオーロラの記載は日本書記にあるという。当時オーロラは「赤気(せっき)」と呼ばれており、推古天皇の代に、「天に赤気あり。その形は雉の尾に似たり」とあり、大和飛鳥で見られたという。また藤原定家の「明月記」には、「北の空から赤気が迫ってきた。恐ろしい光景なり」とあり、忌むべき現象とされていたことが分かる。奈良県であるからかなり南で見られたわけである。
URIリストの6番目、astroartsには、国内からの投稿オーロラ画像が多数載っている。
6.主に北極圏で撮られた多数のオーロラ画像の中に、私の撮った輝きと似た形態のものがかなりあった。

















7.私の画像を「ここがおかしいからオーロラではない」といえる根拠は見あたらない。オーロラ画像の中には、単に漠然とした白い光の空間も含まれて居る。



このことから、「どのように見えなければオーロラとはいえない」という定義は無いようである。「空に現れた不思議な光が彗星か稲妻かUFOで無ければすべてオーロラである」と言っても過言では無い印象である。

 


戦場ヶ原 冬の朝謎の輝き [謎]

冬の戦場ヶ原は何もない。まばらな低木、枯れ草、中途半端な積雪。遠くに見える山々は名前もはっきりしない。朝の男体山や太郎山は逆光になっていて良い画像は難しい。
訪れるタイミングもまた難しい。早すぎると暗い、遅すぎると特徴がない。
たまたま捕らえられたきれいな朝2題。



12月30日、7時過ぎ。戦場ヶ原の山々は男体山の山影の中にはいるので、一番きれいな朝焼けはまず見られない。男体山の上から日が昇るときには、光の大気層を通る距離が減じているので赤さも減じている。雲の赤さがこの程度でも致し方ない。



外山(とやま)は戦場ヶ原の向こう側の屏風のような姿である。紅色の雲を引き立てているのか、雲に引き立てられて居るのか。



やっと外山とその向こうの金精山、右方の温泉が岳(ゆがたけ)に日が当たってきたが、寂しい朝焼けではある。



1月14日。外山の左側に虹色の輝きが見えた。積雪は今季一番である。



寂しい戦場ヶ原の向こうの輝きは、もしかしたらオーロラだったのかもしれない。
オーロラ独特の動きは無かったが…。



少し光線の傾きが変わってきた。



中禅寺湖まで戻ってきて、雪帽子を被った白鳥たちを撮ったとき、光線の角度はまた変わって居た。
戦場ヶ原のオーロラ! ロマンチックだが多分違うのだろう。御神渡りの時のような早とちりはもうごめんだ。

追記:
1月19日、湯元ビジターセンターで質問してきた。過去に撮影されたオーロラらしき映像がある、とのこと。

奥日光雪祭りのパンフレットに写真が載って居るが、何時、誰が撮影したかは教えていただけなかった。月明かりの中に緑のリボン状輝きが写って居る。私の画像の輝きと似ているといえなくもない。ただ、私の画像の時間帯が朝7時であることから、彼らは否定的だった。暗い内に現れた輝きが、朝まで残っていた、と考えられなくもない?…。


夢のドーム [謎]





小田代原を歩いていてシロヨメナの枝にかかるドーム状に盛り上がったクモノスを見つけた。ドームの天井から見ては凸面が分かりにくいので側面から撮影した。クモノスの主は向かって右のほう、ドームの内側に隠れているのが見える。ちょうど真向かいから木漏れ日がかすかに届いていたので、夢のランプのようにも見える。
はてどうやってドーム状に巣を張ったのだろう。そのときはただ珍しさのみに気を取られて見逃していたが、考えてみると張力しかない糸でドーム状のクモノスを作るには何か秘密がなければならない。四方八方から吊っているのだろうか。そんなにまでしてドームにする意義は何なのだろう。
もう一度しっかりと観察してこなければならない。大きな宿題を背負ったわけである。
「ドームの巣特許出願童夢だね」 nikkin



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