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番外編 フィンランド便り ブログトップ

フィンランド 面白発見記 [番外編 フィンランド便り]

旅は発見の連続である。その中で私が面白いと思った物を紹介しよう。

20,10,4 フィンランド航空機b.jpg
行きのフィンランド航空機の胴体に、日本人好みの漫画キャラクターが描かれていた。

20,10,4 スタート地点では7837kmb.jpg
前の座席の背にテレビ受信機が付いている。まんがでも、ゲームでも、映画でも、観光案内でも、すきな物が見られる。
ここに出ているのは旅行情報。目的地までの距離が7865キロとなっている。出発前の情報では、目的地まで7837キロと出ていたのに…。ナヤミナkmと読める。全く悩んだものだった。実は、航空機は成田のテイクオフで南に向かって飛び立ち、東京湾上空まで南下していたのだ。

20,10,4 北海道という都市が…b.jpg
これも悩みである。北海道という都市があるらしい。
外国人の悲しさ。Hokkaidoと大きく出ていた名前を都市の名前と勘違いして記入してしまったのだろう。

20,10,4 ここはジェット機銀座?b.jpg
これはわれわれの機体の下面についているカメラの映像。
ちょっと前にジェット機が写って、我々の機体を抜き去って行ったと思ったら、また次のジェット機が画面に飛び込んできて、そして抜き去って行った。ここはジェット機銀座だ。

20,10,4 歩道のマーク1b.jpg
ヘルシンキの歩道のマーク。実にわかりやすい。日本のように「歩行者専用」などと書くよりも簡単で明瞭である。

20,10,4 有料公衆トイレb.jpg
ヘルシンキは有料トイレが多い。鉄道中央駅のトイレ。WCと言う表示も懐かしいものがあるが、その下のコイン投入口に1ユーロ(150円)入れるとドアが開く。デパートでもこの方式である。お陰で中は衛生的である。

20,10,4 カラオケタクシーb.jpg
カラオケタクシー。大型である。長距離旅行には珍重されるのだろう。ヘルシンキ空港で団体が乗り込んでいた。

20,10,4 便器とシャワートイレb.jpg
フィンランドのウオッシュレット? 便器の脇に架けてある。

20,10,4 シャワートイレb.jpg
水源は水道蛇口である。これを前から肛門に向けて発射するのか、後ろから発射するのか迷って、両方試してみた。もちろん後ろからが正解。前から行うと、後ろに突き抜けてシャツの裾をぬらしたりする。
いつ頃からこんなのがあるのかは聞き漏らした。

20,10,4 ロヴァニエミ空港3b.jpg
ラップランド州の州都ロバニエミ空港にあった歓迎のオブジェ。
「驢馬に笑み」ではなく「トナカイに笑み」なのだが。正しくはロヴァニエミ。

20,10,4 ワタスゲの写真b.jpg
ロバニエミ市内のポスター写真。何とワタスゲが写っている。
ロバニエミと奥日光の植生で似ている点は他にもたくさんあった。ご報告したいと考えているが…。

20,10,4 色とりどりの花3b.jpg
ロバニエミ市内の花やさんにあった色違いの美しい花。
まるでペンキを塗ったような鮮やかさ。つぶさに観察したが、私には天然に見えた。

20,10,4 ゲイシャチョコb.jpg
フィンランドの大手チョコレート会社が新しい商品を発売するに当たり、日本関連の名前にしようと考えた。芸者、横綱、将軍の3個の候補から選んで付けたゲイシャが大当たり。笑いが止まらない売れ行きとか。

実はこれには伏線がある。フィンランド人は日本びいきなのだ。
フィンランドは北欧の小国で、被征服の歴史が長い。スエーデンの征服下に300年、ロシアの征服下に100年という苦しみを味わってきた。丁度ロシアの下で苦しんでいた時に日露戦争があり、日本が憎(にっく)きロシアを負かしてくれた。国中が日本の応援団になって、トーゴービールなどという商品も出たという。その名残が強く残っているのである。

ついでに言うが、フィンランドでは町の案内がまずフィンランド語で書かれ、その下にスエーデン語で書かれ、時に英語がその下に書かれている。電車の停留所などはフィンランド語とスエーデン語だけで、とてもわかりにくいし覚えにくい。電車地図を持たないと電車には乗れない。

話を元に戻そう。長いスエーデン征服下のフィンランドで、フィンランド語とスエーデン語は似通っているかと思ったら、全くそれがない。かえって「意地でも似せないぞ」というような意図が見えている、と思ったのは私1人だろうか。


北極圏サファリ [番外編 フィンランド便り]

フィンランド北部はラップランドと呼ばれ、先住民族ラップ人の居住地である。彼らはこの地で狩猟、トナカイ農場、手工芸品制作などを糧として生活している。
ラップランドサファリという1日プログラムがあり、観光客がラップ人たちの生活を見て、触れて、彼らの食事を食べるツアーがあった。
夏期プログラムはモーターボートを利用し、9月30日が最終日だった。10月から2ヶ月間は車を利用し、遠い迂回路を行かねばならない。さらに冬期はスノーモビルを使うツアーとなる。夏期最終日に参加したのは私たち2名のみで、まるで貸し切り状態。超お得なツアーだった。

20,10,4 safariの朝1b.jpg
ホテルから徒歩3分のところにある船着き場からモーターボートに乗って一路北へ。朝日を背中に受けている。未だ朝焼け気味の雲が残っていた。
ラップ人居住区なので西洋人の家は原則的に無い。このようなしゃれた家は別荘である可能性が高い。
フィンランドは面積が日本の9割ほどで、人口が日本の5%! ほとんどの人が別荘を持っている。別荘にはベリーなど森の恵が豊富で、ジャム作りが盛んである。

20,10,4 白鳥3b.jpg
途中至る所に白鳥の集団がたむろしている。通常夏期は北極圏に住むが、氷が張り始めると南下する。この川もいずれ氷が張るので、短期間の居住地である。

20,10,4 トナカイの毛皮 1万円強!b.jpg
話は戻るが、ヘルシンキの空港で見たトナカイの毛皮売り場。89ユーロと書いてある。1万3千円くらいだ。所詮家畜の毛皮だから、手頃な値段なのだろう。

20,10,4 毛の生えた角と生えない角b.jpg
最初に訪れたラップ人家庭は、手工芸品制作のご夫婦の家。仕事部屋にはトナカイの角、皮
、木工用品等が一杯。左側奥に毛皮を被った角がある。

20,10,4 トナカイの角の削り模様1b.jpg
ナイフの柄としてのトナカイの角。削っているうちに顔が出てきた。日本でならば怖がられるが、ここでは珍重され、高く売れる。

20,10,4 シラカンバの瘤とカップb.jpg
シラカンバの瘤を利用して作るコーヒーカップ。人気商品である。
日本の白樺は寿命5~60年と言われ、木質が締まっていない。こちらのシラカンバは断面を見ると年輪が300を越えている。木質の堅さは相当なものである。

20,10,4 トナカイの角2b.jpg
こんなしゃれたつり棚も作っている。

20,10,4 ラップ人の部屋b.jpg
家はご主人の手製という。釘を使わず組み立て技術で作って居る。床下暖房で暖かい。燃料は石油と木材、どちらも使える。何しろ薪材は豊富である。

20,10,4 川岸の鏡像6b.jpg
昼の青空の下次の訪問先へ向かった。岸辺はのどかな原生林。ラップ人の家は通常隣の家まで3km。木々もあるので目視範囲ないでは孤立夫婦である。

20,10,4 岸の鏡像10b.jpg
時々こんなにくっついた家もあるが、多分これらは娘夫婦か息子夫婦の家。

(画像削除)

左はラップ人の案内人、ラップ人の正装である。右はツアーのガイド、フィンランド人。
テントはラップ人が短期滞在の時に使う。長期滞在の時は木材で家を造る。

20,10,4 トナカイの肉シチュー2b.jpg
マッシュポテトの上に乗っているのがトナカイの肉シチュー。柔らかい。
言われなければ分からない。牛肉と言っても疑われない。

20,10,4 トナカイピッツァb.jpg
他のレストランで食べたトナカイピッツア。この肉は固くてしょっぱかった。

(画像削除)
我々が食べた食堂。ベリーのジュースが付いてくる。

20,10,4 トナカイb.jpg
いよいよトナカイの登場。穀類を固めたドッグフードのような物に釣られて出てくる。
ラップランドのトナカイは全個体が家畜であり、野生のトナカイは居ない。トナカイの頭数を管理するために必要な制度だそうだ。毎年1度、殺すべきトナカイと、残すべきトナカイを選別する。生命力の強そうなのが残される。

20,10,4 アルビーノ2b.jpg
千頭に1頭の割合でアルビーノが生まれる。夏場に鷲などに襲われる可能性が高いという。

20,10,4 トナカイと角1b.jpg
トナカイの角。規則性が無く、すきな方向に伸びるようだ。肉に食い込んでゆく枝もある。

20,10,4 トナカイと角2b.jpg
左端が雌、他は雄である。真ん中の雄の右角は毛皮を被っており、左角が脱皮を終えて居る。トナカイの角はキリンの角のように通常は毛皮を被っているが、角の脱落の直前に毛皮が剥がれ落ちてむき出しになる。
トナカイの大きさは日本の鹿をやや大きくした程度。

20,10,4 トナカイの角の血2b.jpg
毛皮が破れて血が出ていると、雌を巡っての戦いの結果かと考えてしまうが、自然の経過であり、痛くも無いらしい。

20,10,4 岸の鏡像17b.jpg
帰り道はまたも原生林のすばらしい鏡像を見ながら一路南へ。

20,10,4 夕日を受けたシラカンバ4b.jpg
夕日に照らされたシラカンバ。
1枚目の画像と見比べていただきたい。この画像では夕日が左側から射している。1枚目の画像では朝日が左手前の方向から射している。すなわち、朝日と夕日の方向がとても近い位置にあることが分かる。90度くらいしか離れていない。北極圏らしい所見である。



北極圏の東天紅とすごいツタの紅葉 [番外編 フィンランド便り]

たいへん長らくお待たせいたしました。
とはいうものの、一体何名の方々が私のブログ復帰を待っておられたのか、はなはだ心許ない限りではある。

フィンランドへ行ってきた。夏期の白夜と冬期のオーロラ観測ツアーの谷間。日本人好みの目玉は何も無いながら、楽しんできた。
私のブログを期待してくださる方々に、私が感動した光景をお見せするのは当然のこととして、「日光便りは期待しているが、フィンランド便りは余計だ」と仰る方々には誠に迷惑な話と思う。どうぞごかんべん願って、軽く見流していただきたく、よろしくお願いいたします。
従来の日光便りにも、今は紅葉の開始とともに報告事項の多い季節であり、休むわけにはいかない。しばらく連日アップとして、1日交替でフィンランドと日光をご報告いたしたい。

20,10,4 ロヴァニエミの東天紅2b.jpg
ヘルシンキから飛行機で1時間15分北へ向かったロヴァニエミ市。東京と札幌くらいの距離がある。サンタクロース宛ての郵便物が集まる市としても有名である。
北極圏は北緯66度なにがしからと規定されて居るが、その境界を市内に含み、境界から車で5分ほど南にホテルがあった。
ロヴァニエミに2泊したが、やはりオーロラには出会えず、がっかりしていた最後の朝、2階の食堂で朝食をとっていた。窓際の席に居て良かった。おもわず嘆声を漏らした。その場で1枚撮り、すぐに3階の部屋にとって返し撮影した。


20,10,4 ロヴァニエミの東天紅5b.jpg
これは雲海の下面である。なに、「雲海があるとオーロラは期待できないだろう」?
これは鋭いご指摘。その通りである。しかし前夜は遅くまで星空が見えていた。星空が見える限り、季節にかかわらずオーロラの出る可能性はある、と現地のガイドが言ったのだから、12時近くまで町はずれの薄暗い川岸をうろついていたのだった。
でもよかった。この東天紅が眺められて、オーロラよりもきれいだわい、と自分に言い聞かせた。

20,10,4 ロヴァニエミの東天紅7b.jpg
ワイド撮影である。雲海の下のはずれに、地平線との間に東の空が見えている。ホテルの周りはけっこう建物が多い。

20,10,4 ヘルシンキの東天紅 9.29 2b.jpg
その2日前、ヘルシンキで撮った東天紅。かなりのものだが、北極圏のものに比べると見劣りがする。

20,10,4 すごいツタ 9.26 1b.jpg
ヘルシンキに着いた夕方、ホテルの周りを散歩した。6時頃である。今は夏時間であるから通常の7時頃に相当する。
この明るさである。ついこの間まで白夜だったわけだから不思議ではない。ヘルシンキは違うがロヴァニエミでは、12月には24時間太陽を拝めない日が続く。それでも明るさは2時間ほど確保できるという。

20,10,4 すごいツタ 9.26 3b.jpg
この赤いツタにはさすがに驚かされた。日本ではどこにも存在しないのではないだろうか。少し落ち葉が溜まって居るが今盛りである。

20,10,4 すごいツタ 9.26 4b.jpg
実はならないが、ブドウの仲間だと言われたが、葉の形が違うので、なかなか信じられない。

20,10,4 すごいツタ 9.28 3b.jpg
それから2日後、おなじ場面を撮影して驚かされた。葉がほとんど落下して居たのだ。たった2日の差。間に合って良かった。

20,10,4 すごいツタ 9.28b.jpg
散り敷く落ち葉。豪華な絨毯のようである。

20,10,4 すごいツタ 9.28 2b.jpg
2日前は蕾だった花も今は開いている。実は付きそうもない。

20,10,4 タリンの紅葉2b.jpg
翌日訪れた隣の国エストニアでも見つけた。

20,10,4 門のツタ2b.jpg
同じくエストニア。ここのは未だ早く緑色の葉っぱも混在していた。

20,10,4 またもツタ1b.jpg
これはフィンランドの旧首都トルクの建物。

20,10,4 ここにもツタ1b.jpg
これもトルクの壁。いたる所にある。

20,10,4 ホテルの窓から 9.26 2b.jpg
着いた日、ヘルシンキのホテルの窓から見た紅葉
。カエデの仲間はあるが、日本のような真っ赤なモミジはほとんど見られない。

20,10,4 ヘルシンキの紅葉16b.jpg
翌朝ホテルの前の公園。見えているビルが我々のホテル。日光の紅葉とはかなり趣が異なる。



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